2012年07月02日

音楽が終わった後に

佐久間正英「音楽家が音楽を諦める時」
佐藤秀峰「漫画家が漫画を諦める時。」

佐久間さんは、私にとってはPLASTICSのメンバーとしての印象が強いです。
ある人にとっては四人囃子のベース、ある人にとってはBoowyのプロデューサーでしょう。
土屋昌巳さんと並んで、アーティストの魅力を100%引き出す知恵者として、尊敬しています。

佐藤さんは、モーニングで連載していた「ブラックジャックによろしく」を読んでいたくらいでしょうか。

お二方のエントリは、エンターテインメント業界が直面している問題を、制作者の側から提起したもので、非常に興味深いです。

音楽業界もマンガ業界も、基本的にエンターテインメントですから、売れないと話にならないわけです。
ビジネスモデルとして成立しません。
ただ、今までは、「売上」と「アーティスティックな要素」というのが、ある程度の相関性を持っていたんだと思います。
それ故、ある程度の売り上げを上げる音楽家・マンガ家は、彼らなりの芸術性・美学・哲学を持っていて、それが商業性と矛盾しない状態だったと思います。
もちろん、芸術性があっても売れなかった音楽家・マンガ家は過去にもたくさんいたし、逆に芸術性がなくても売れた音楽・マンガも多数ありましたが、大勢を見れば、(前者はマーケットの規模からたくさん発生せざるを得ませんが)後者はそんなに多くなかったと思います。

今のような現状が生まれてしまったのは、
1)「商業性」と「芸術性」の狭間で絶えず売れ動くエンタメ業界が、「商業性」に振れ過ぎてしまった
2)作品自体から期待される収入が激減した
というのが大きな理由じゃないかと思います。
同じ問題は、映画・小説・ゲームなど、全てのエンタメが内包しているんだと思います。

特に2)は、佐久間さんも指摘されていますが、ある程度の売り上げを前提とした先行投資が非常にしにくい状況になっていて、製作費用を最小限に抑え、「当たったらラッキー」みたいな前提じゃないとやってられない状況なんでしょう。
大衆音楽なんて所詮そんなもんですが、今まではその先行投資はレコード会社が担保してくれてたんですよね。
ミスチルもスピッツも、Boowyもプリプリも、デビューからいきなり大ヒットしたわけではないですしね。
B'zですら、デビューの時は「TM Networkのサポートギタリストがなんかユニット組んだみたいよ」みたいな感じでしたし。
これらの偉大なアーティストは、デビュー時にレコード会社がお金を出し、辛抱強く育てた結果、商業的にも音楽的にも大成できたわけです。

まあいろいろありますが、結局消費者が評価するものが売れる・残るわけで、そういう意味で、我々消費者が「素晴らしい」と思うものに、それなりのお金を払う必要があると思ってます。

正直、私は今のJ-POP(ついでにK-POP)は聴く気が起りませんし、ソーシャルゲームもする気は起きません。
だってつまんないもん。
究極、私が面白いと感じるものが商業的に成功してくれて、ずっと作品を提供してくれればいいんですけど。
Perfumeとか氣志團とかBumpとか。

エンタメ業界のみなさん、大変だと思いますが、よろしくお願いします。



posted by インサック at 22:08| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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